7年間のひきこもりからYSカウンセラーへの軌跡(Vol.8)~真我開発講座 真我瞑想コースを受講して~

私たちは、心が勝手に何かを捉え、
それを握って、悩みを作り出してしまう。

例えば、過去の失敗を、必要以上に責めると、動けなくなる。
その結果、まだ起きてもいない未来のことを勝手に悪く想像して、
取り越し苦労となって、今のことに集中できなくなる。

真我瞑想をすると、波立った心を静め、心を明鏡止水の状態にして、
現象面に現れていることを、透明な鏡のように正確に映し出してくれる。

しかも、雑念に悩まされることなく、
雑念を利用して、深い意識状態に入るため、
都会の喧騒の中でも、真我瞑想を実践することができる。

自分に雑念が「無い」と言って、打ち消そうとすることは、
雑念を認めることと、本質は変わらない。

「これは夢だ」と事実を言い切るのと、打ち消すことの違い。
この微妙な紙一重のニュアンスの違いを感覚的に掴めてくると、
雑念も含めて、全部自分の協力者のように思えてきた。

もちろん、「私たちが思い込んできたような事実は無い。在るのは真実だけだ」
ということを、これまでの講座で真我を体感してきたからこそ、
必然的に理解が深まった。

ダイアリーに書かれてきたものを読み返してみると、
自分の変化を認められるようになってきた。

自分の変化を認められるようになると、
周りの変化を認められるようになってきた。

自分が変われば、相手が変わるということの意味が、
現実世界の反応を通して、分かるようになってきた。

ダイアリーは、心を映し出す鏡。
人間の脳の記憶は、作話するから信用できない。

作話とは、自分の都合の良いように話しを作ること。
ありもしないことを勝手に作って、事実だと思い込んでしまうから、
本当のことが見えなくなってしまう。

作話している人は、自分自身でそうなっていることに気付いていない。
祖母がいなかったら、ダイアリーを継続する意味も分からなかった。

ダイアリーは、見返すときに真の力を発揮する。
映画のスクリーンを見るような感じで、客観的に読み返していくと、
自分に示された性質が浮き彫りになってくる。

自分の意識次元を高めていくと、
出来事に対する捉え方が変わって、
具体的な行動も変わってくる。

意識をエレベーターに例えると、同じ出来事を見ても、
3階で見える景色と7階から見える景色では、判断能力が変わる。
判断能力が違うと行動が変わるため、未来も変わっていく。

私の例でいうと、7年間ひきこもった経験を負の遺産と捉えるのか、
その経験を活かして、困っている人にお役にたてるのかによって、
これからの未来が変わってくるということ。

つまり、意識の世界では「あの出来事は、こうだ」という
固定的な実体は無いということを、真我瞑想をすることによって、
感覚的に掴めるようになってきた。

 

by YSカウンセラー 瀧本裕喜

*「7年間のひきこもりからYSカウンセラーへの軌跡」
Vol.7はこちら  /  Vol.9はこちら  / 記事一覧はこちら

 

【関連記事】
瀧本裕喜さんのYSカウンセリング体験談一覧
Earthスペシャルインタビュー「ひきこもりからYSカウンセラーへ」

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です