転職から天職へ(Vol.28)〜自己責任? 人類責任?〜

大自然が教えてくれようとしている

自己責任とは、現代社会で生きて行く上でもはや常識であり、
あたりまえに使われている言葉でもあります。

自分の力でなんとかする。この気持ちで物事を実行し、
得られる結果は大変素晴らしいものでしょう。

しかし、自分の力でどうにもできないことも、
この世の中にはたくさんあります。

その時、自己責任だけで考えた場合、問題を解決するどころか、
自分のことを守る発想になる可能性があります。

なぜなら、すべては自己責任なので、どうにもできないことに挑み、
危険な目に遭い責任を負うくらいなら、やらないほうがマシと
判断してしまうからです。

つまり、自分の力が及ぶ範囲であれば自己責任でなんとかしますが、
その範囲からは出られなくなってしまうのです。

仮に、日本人のすべて、ひいては世界中の人がすべて
狭い範囲で物事を解釈していったら、どうなるでしょうか?
地球上で起こる様々な問題を、すべて他人事として見ていたら、
解決するものも解決しません。

むしろ、地球上で起こっている環境破壊、戦争・紛争、汚染、
飢餓などの問題は、一人の人間でできることには限界があり、
一致団結して事にあたりなさいと、大自然が僕たちに
教えてくれているかのようです。

そういった意味で、自己責任でできることには限界があると
僕は思います。もしくは、自己責任の意味をもっと拡大して行き、
人類責任として捉え直したほうがいいのではないでしょうか。

 

自己責任だけでは、人類は傷つく一方

一致団結することの大切さは、特に地球規模でなくても、職場や家庭など、
身の回りでも全く変わらずに通用するルールです。たとえ職場の同僚たちが
近くにいても、心が開いていなければ、それは近くにいることにはなりません。

むしろ、閉じた心の人間同士が近くにいたら、お互いを敵視して、
仕事が回らなくなり、お客様へ迷惑がかかる可能性もあるのです。
このような心の状態では、自己責任の範疇でできる仕事は
とても限られたものになるでしょう。

しかし、現代社会の人達は、日本のみならず多くの人が
他人に心を開くことを苦手としています。また、苦手かどうかなど意識すら
できず、心を閉ざしたまま、一生を終える人もいます。

心を閉ざしているその責任は、どこにあるか?
これも、自己責任なのでしょうか?
自己責任で片付けていいのでしょうか?

心が閉じていることが原因で、人間の不仲は起こるのです。
身内の喧嘩、職場の人間関係はもちろん、それが国や宗教の対立の
原因になっています。

自己責任だけでは、人類は傷つく一方なのです。
もっと広く、人類の責任として、どうやって心を開いていくか、
真剣に考えていかなくては、いずれ日本にも世界の紛争の
火の粉が降り掛かってきます。もしくは、自滅していくかも
知れません。

もちろん、責任をもって自分の力を発揮することは大事ですが、
その前に、心を開いて責任をもてる自分をつくっていくことのほうが、
とても大事なのです。

真我を開いていく生き方をすることで、人間は、そして人類は、
それが可能になっていきます。

また、YSカウンセラーは、人間同士で話すことにより、
自然に真我を開いていくお手伝いができるのです。

 

by YSカウンセラー 中里昌克

*「転職から天職へ」Vol.27はこちら /   Vol.29はこちら /   記事一覧はこちら

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